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速く走るための“空気抵抗”の常識 【BICYCLE CLUB 2012年8月号】

 

 

 

コンパクトフォームにするだけで必要パワーが33%も減る!

バンクで行われるトラック競技はまさに空気抵抗の影響が勝敗を分ける。

ここでは現役競輪選手を迎え、その影響を計測。さらに風を使った戦略について聞いた。

 

バイクライドの空気抵抗を考える

自転車は15km/hを超えると路面抵抗より空気抵抗が大きくなるといわれている。本誌の読者のみなさんなら集団走行で走ったり、ホイールを換えただけで、急に速く走れたりする不思議さをすでに体験したこどがあるはずだ。そこで今回はそんな不思議を数値で表すことができるか実験してみようと考えた。

まずはランディングフォームの違いからみていこう。ライダーの身体は風圧抵抗の80%を占めるという。ハンドルのフラット部を握ったとき、ブレーキのブランケットを握ったとき、そしてハンドル下部を握ったときで、どのくらい空気抵抗の差があるのか?を実験した。

実験方法は、京王閣競輪場400mバンクで40km/h一定ペースで走ったときに必要なパワーをパワーSRMで測定した。

テストライダーは京王閣所属S級1班の朝倉佳弘選手。身長166cm、体重70kgと小柄ながらバンク走行テクニックはプロの走り!安定した計測結果を出すには適任だ。

結果は左上のとおり、ロードバイクでいうブレーキのブランケットを握った位置に似せたフォームを基準の100%とすると、下ハンドルを握って状態を倒したときでは33%減少、逆にフラット部分を握った場合には12%増加した。前面投影面積(前から見た面積)を小さくすれば空気抵抗は減るからだ。

実際にブランケット部分を持ったときと下ハンドルを持ったときの前面投影面積を写真から計測し比較すると100:84となった。ところが出力比では100:67となっている。これは何を意味するのか?

これはライダーの形による差だ。下ハンドルを握った場合、腕の間に頭が納まることでより流線形に近くなり、空気抵抗(厳密には抵抗係数cd値という)が小さくなるからだ。つまりプロ選手はより速く走るために身体を小さくしつつ出力が出せるポジションを作りあげているわけだ。

 

 

ディスクホイールに換えるとマイナス6%

「ディスクホイールで走ればその違いを感じられます」と朝倉選手。

ここでは基準としてスタンダードなスポークホイール、さらに前輪にバトンホイールを使った場合でそれぞれ4つの組み合わせで計測した。

トラックではバトンとディスクが基本スタイル

 予想どおりディスクホイールが好成績を残し、スポークホイールから換えることで必要パワーをマイナス6%に抑えることができた。ところがバトンホイールは今回の計測ではそこまで好成績をだすことができなかった。

「前輪にバトンを使うと風でハンドルを取られるような感覚がありました」と朝倉選手がコメントしていたが、その影響でバトンホイールに不利な結果が出てしまったのかもしれない。厳密な計測を行うなら無風の室内競技場ベロドロームが向いているのはこのためだ。

トラック競技では基本パターンはディスクにバトン。ただし、風の強い日はハンドルがあおられてしまうので前輪をバトンから、ディープリムに変更するという。ただし、スプリント競技では風にあおられても突っ走るのみなのでバトンのまま走ることが多いという。

 

バイクペーサーの後ろにつくと、必要パワーをマイナス16%に節約可

朝倉選手に練習で使うバイクペーサーの後ろを走ってもらい数値を計測すると、必要なパワーが単独走より16%軽減できた。

3選手が連携することで風を生かす戦略が組める

 

山口:今回は空気抵抗の実験ですが、実際に競輪競走で空気抵抗を気にすることはありますか?

朝倉:もちろん、競輪競走は選手同士の戦いですが、「風」とも戦っていますよ。

山口:それは、どんな時に感じますか?

朝倉:まず、競輪競走は400mバンクだと競輪場5周で行われますが、ラスト1周半(600m)地点まで先頭誘導員がいます。この誘導員は先頭の選手の風よけをしています。

山口:スタート直後からいきなり「風」と戦うわけですね!

朝倉:そうなんです。そして、三分戦(3人ずつのチームを作る)の並びで9人が縦1列になります。誘導員が退避するまでチカラを温存しておきます。スピードが35km/hから50 km/h近くまで徐々に加速して、ラスト1周半の誘導員退避のタイミングで選手がスパートします。

山口:ここからがレースですね!1周半もがき合うわけですね!

朝倉:三分戦の場合は、先行する選手は3人で、その後方に2人ずつ追走します。先行する選手も誘導員退避と同時にもがくと、30秒以上全力で走らなければなりません!さらに競輪は最後の50mが勝負です!そこで少しでもスピードが落ちると抜かれてしまいます。

北見:ダッシュ力として1500W以上必要です。さらにゴール50mでは1000Wのパワーが必要です。先行ならば、800Wを30秒以上持続できないと勝たせてくれないですね!

山口:難しいですね。行きたいけれど行けない!行かないと勝てない!迷っていたら勝てない!パワーをつけないといけない!ってことですね?!

朝倉:そうなんです。次に考えることが、ここからならゴールまでもつと思う位置まで待ってからダッシュする。または、1人抜くのは簡単だけど3人並ぶと隊列が長くなって抜きにくいので、団結して走る。そんなことを考えます。

山口:まさに「風」を利用することですね!2番目、3番目の選手は何をするのですか?

朝倉:勝つためには脚質を生かすことが大事で、長く一定ペースで走れる選手は先頭で、後ろについて一瞬のダッシュに自信がある選手が2,3番手になって援護します。また、少し外側に付いたり、車間を開けて隊列を長くして抜きにくくしたりします。

山口:それがライン戦なんですね。チームプレーだったんですね

朝倉:9人で走る競輪競走は、1人ではなかなか勝てないです。空気抵抗との戦いですからね。

山口:朝倉さん自身が競走中に空気抵抗に対して気にしていることはありますか?

朝倉:まず、前傾をとるためにハンドルの高さはとても気にします。低いほうが空気抵抗は少なくなりますが、低すぎて力が入らなかったり、その姿勢がつらければ逆効果なんです。身体を鍛えることと柔軟性をつけることを同時にしないとそのポジションが保てないんです

北見:空気抵抗を考えつつ、筋力、パワー、コンディショニングも同時に作り上げることも重要で、とても難しいです。さらに競輪はシーズンオフが無く、年間約100走するんでタフさも要求されます。

山口:それは大変ですね!パワー、コンディション、タフさを作って、さらに空気抵抗の削減ですね

朝倉:今回の実験のように、腕を深く曲げたり、頭を下げるだけでダッシュするスピードもチカラの入り方も変わるので大事です。そのために毎日練習します。

山口:脚質で気にしていることはありますか?

朝倉:いまは追込みなので、先行する目標選手にいかに付いて行くかです。ダッシュの良い選手だと同時にダッシュしなければ離れるし、長く踏む選手だと先行しやすいように助けないといけないですし・・・・

山口:特徴を把握してないといけないんですね

朝倉:また、体型からも大柄な選手の後方は空気抵抗が少ないですが、どんどん踏んでいきます。逆に小柄な選手の後方は空気抵抗も大きいので腕を深く曲げて、頭も下げて対応します。動きも素早いので目が離せないですね。

北見:ダッシュする時は、緩んだ筋肉が一瞬で縮まるときに最大パワーを発揮します。競走中、空気抵抗を減らしてダッシュ前にいかにリラックスしているかも大事です。

山口:いろんなことを考えてないとレースにならないんですね。私たちが考える想像以上に空気抵抗と戦っているので驚きました。

朝倉:僕らは空気抵抗も含めて常に勝負!!しています。その気持ちがファンに伝わるよう努力しています。

山口:ありがとうございました。次回の朝倉選手の走り、見に行きますね

朝倉:ぜひ、応援してください。さらに頑張ります!

北見:目前で観る競輪競走は気迫を感じ応援したくなります!

山口:お忙しい中ありがとうございました。

朝倉:ありがとうございました。

北見:ありがとうございました。

教科書に載っている“空気抵抗”にまつわる話は本当なのか?

海外プロチームではベロドロームでのTTバイクのテストが常識という。

そこで今回は、昨年完成した伊豆ベロドローム室内250mバンクを使い、特別な許可を得てロードバイクで空気抵抗の実験を行った。

バックパックを背負ったらどうなるか?など意外な効果もわかった。

 

バックパックなら速く走れる!?

まず、TTバイクとロードバイクの比較をしてみた。さすがにその違いは歴然、TTバイクを使いエアロポジションを取った場合の必要パワーは、ノーマルバイクのブラケットポジションに比べマイナス28%となった。まさに教科書どおり。ところが、同じTTバイクを使ってリラックスポジションをとると露骨に必要パワーが10%もアップした。こんなポジションはナンセンスだが、ライダーのフォームの違いが大切なことを改めて痛感。例えばTTバイクでのコーナリングでブルホンバー(横のバー)に持ち替えたり、ダンシングする時間が長かったりすると相当なロスに繋がるこつがわかる。つまりTTバイクを買ったらフォームをチェックしないとその効果を生かし切れないことになるわけだ。

さらにレース以外の場面で使うウインドブレイカーやバックパックの影響を調べてみた。ウインドブレイカーはやはりロスを生む結果となった。いっぽうでザックはむしろノーマル状態よりも僅かではあるがロスの少ない結果となった。検証する必要はあるが、ザックには整流効果があるのかもしれない。

 

2台で走るときのドラフティング効果

前走者と後走者の違いをテスト。

後走者のドラフティング効果はバッチリ計測できた。

じつは理論上は前走者の走りも後走者の影響で軽くなるはずなのだが、結果はそうはいかなかった。何故だ?

プロチームのテストの厳しさを垣間見た結果

ここではさらに2人で走った場合の前走者を後走者とでの空気抵抗の違いを計測した。結果は、後走者の必要パワーは、基準となった単独走の場合に比べてマイナス36%と教科書どおりの数値を出した。ただし、前走者の必要パワーは軽くなるどころかプラス2%となってしまった。

今回解析しを依頼したふじい氏によると「データのバラつきなのかもしれませんが、250mのベロドロームだとコーナリングでの力の入れ加減の影響が出ているのかもしれません。あとカーブでバンクしていくときは、風は横から当たっていくので、真後ろについている場合ドラフティングの効果はちょっと少なくなる可能性はあります」という。

「思ったより走りやすいですね。走りが軽く、記録がでそうです」とベロドロームを初めてロードバイクで走った感想を述べる大久保選手。普段トラックバイクでバンクを走る大久保、上村亮選手ともBBの低いロードバイクでバンクを走るまではちょっと緊張気味であった。それに落車して走路を傷つけたら一大事という緊張感の中、無事に計測を終えることができた。プロツアーチーム並の計測をするには相当の機材とデータを処理する能力が必要だということがわかった。今回は簡単な検証実験だったが、精度の高いテストの場合、ライダーにかなりの本数を走ってもらわないといけない。